26歳と535歳がつなぐ手と手。漁船酒madaraに詰め込むにかほ市の歴史と未来
「日本酒を漁船の中で熟成させる」
そんなコンセプトのもと開発された「漁船酒 madara」の完成披露会が、2022年12月12日、秋田県にかほ市にて開催されました。
プロジェクトの中心人物は、同市のまちづくり法人ロンド代表の金子晃輝さん。そしてこの漁船酒は、飲んで終わりの日本酒ではなく、体験型の観光コンテンツとしてつくられたものでした。
「なぜ漁船の中なのか?」
「どんな体験型コンテンツなのか?」
そして、
「漁船で熟成された日本酒の味は?」
次々と「?」が浮かぶ、非常に興味深いこのプロジェクト。
日本酒コミュニティ酒小町を代表して、日本酒ジャーナリストの渡邉が披露会に参加。漁船酒の取材を行ってきました。
「漁船酒 madara」とは
漁船酒は秋田県にかほ市で始まった観光促進プロジェクトの1つ。
瓶詰めした日本酒をなんと「現役で稼働している漁船の中」で保管。あえて揺れの多い船内に置くことで、まろやかに、美味しく熟成させようというコンセプトの日本酒です。
漁船に積むのは、地元にかほ市の酒蔵、飛良泉本舗の日本酒。創業535年の老舗です。
保管期間は11月〜12月の約1ヶ月。その間、漁船は通常どおり漁にも出かけていきます。
のせる漁船によって揺れ方も温度も違うので味の仕上がりも変わり、その違いも楽しめるといいます。
そして、漁船酒はただ飲んで終わりの日本酒ではなく、体験型の観光コンテンツとしての側面もあります。
例えば、漁船への積み込みや積み下ろしのイベントを実施し、それをきっかけに地元の漁師との交流や、地域の伝統芸能に触れる機会も用意。
そして、漁船酒は全国には流通せず、にかほ市に来なければ飲むことができない(=体験できない)お酒としてリリースされます。
きっかけは地元漁師との雑談
企画の発起人は、にかほ市でまちづくりを行う一般社団法人・ロンド代表の金子晃輝さん。
現在26歳の金子さんは東京の大学に通っている頃から事業を起こすなど、まちづくりに対して強い関心と熱意を持っていました。
3年前ににかほ市へ移住したのちにロンドを設立すると、「漁師図鑑」や「にかほ市裏観光マップ」など市の魅力を発信する取り組みを次々と実施。にかほ市の地域振興のため日々市内を奔走していました。
そんな中、にかほ市には「訪れた観光客が、宿泊せずに次の観光地へ行ってしまう(通過型の観光がメインで滞在・宿泊する観光客が少ない)」という現状があり、悩みのタネになっていました。
その打開策を思いつくきっかけとなったのが、地元の漁師さんとのとりとめのない会話。「漁船の中に置きっぱなしだったお祝いの酒を、ある日開けてみたら美味しくなっていた」というエピソードでした。
この「漁船で日本酒を熟成させる」というアイディアに、前述した「観光客がにかほ市を体験してもらうためのアイディア」を合体。現在の漁船酒のコンセプトが生まれました。
「漁師、酒蔵、飲食店、宿泊施設などが一体になって、地域経済が回る仕組みをつくりたい」
その理想を実現するため、金子さんは地元の老舗酒蔵、535年の歴史を誇る飛良泉本舗の門を叩きました。
創立535年・老舗酒造の35歳専務の協力
「1本の日本酒に、どうしたら歴史を詰められますかね?」
飛良泉本舗の専務・齋藤雅昭さんは、新潟のとある酒蔵でそんな質問をしたことがあるそうです。
東京での広告関連の仕事を経て、4年前に家業を継いだ現在35歳。その家業は室町時代(1487年)創業、日本で3番目の歴史をもつ老舗酒造。
「歴史を詰めたければ、地域を詰めなさい。」
そのときに授かったその言葉が、今も胸に残っています。
「地域と協業し、地域に貢献したい。」
そんな折、齋藤さんの前に現れたのが「漁船酒」のアイディアを掲げたロンドの金子さんでした。
2人はすぐに意気投合。地元の漁師の協力も得てプロジェクトをスタートさせました。
「漁船酒にふさわしい酒質」に頭を悩ませる
「ウイスキーなどでは揺らすと酒質が変わることは知られていました。瓶内に微量に含まれる空気が酒の中を行き交うことで熟成の度合いに変化が生じるからです」
齋藤さんは漁船での熟成に適した日本酒の開発に着手しました。
しかし、これまでに経験のない新しい試み。
どんなお酒を瓶詰めするかは頭を悩ませたそうです。
最近のトレンドである「香り高くすっきりした酒」や「甘みがあってガス感があるもの」は振動厳禁なため除外。
「酸味が特徴の山廃仕込みの酒をベースに数種の日本酒をブレンドしました。揺らして熟成することを考慮し、香りはおさえ、まろやかさが引き立つように仕上げています。」
こうして完成した日本酒は漁船に詰め込まれ、1ヶ月の熟成を経て、今回のお披露目会場へと運ばれました。
ついにお披露目。気になるお味は?
完成した漁船酒は「madara」と命名。地域の異なる業種が力を合わせ、混ざり合い、きれいな斑模様になるという意味が込められています。
完成披露会には、にかほ市長や観光協会の方々、メディア関係者など約20名が参加。
全員で乾杯し、漁船酒を実飲。私も飲ませていただきました。
味の感想は。
ひとことで言うと「漁師町にふさわしい、田舎で飲むことで初めて感じ取れる奥深さをもった日本酒」だと感じました。
山廃らしい酸味とコクを感じながらも、まろやか。アルコール感や苦味による角がなくて飲みやすく、それでいて飲みごたえがある。洗練されているというよりは、素朴で親しみやすく、地方の山々や海など、豊かな自然を眺めながら飲みたいと思いました。
「魚が食べたい」
このお酒に無性に魚を合わせたくなり、ボソッとそんな独り言がもれていました。
それを隣にいた市長に聞かれてしまっており、「にかほ市は真鱈が美味しいよ」と教えてくれました。私はとても恥ずかしくなりながらも市長にお礼を言い、ついでにおすすめの店を聞きました。今後のために。
飛良泉の齋藤さん曰く「もともとまろやかだったのが、漁船に揺られてさらにまろやかになった」とのこと。
にかほ市の食と合わせるなら?と聞くと「岩牡蠣とか真鱈とか。繊細な料理よりは、脂の乗ったような料理と合わせたいね」と教えてくれました。
市長も「飛良泉さんはフルーティーなお酒も含め色んな日本酒をつくっているけど、この漁船酒は地元の人が昔から愛飲してきた日常酒のルーツを感じる。そういう意味では地元の人と作り上げたお酒ともいえるね」とコメント。
なるほど、だから海の幸と合うお酒なのかと納得。
そしてそれは、飛良泉・齋藤さんの「地域を詰めて、歴史を詰めたい」という想いがまさに体現されたお酒でもありました。
どの船に載せたかで味が変わる
今回は5隻の漁船に酒を積み込みましたが、どの船にのせたかで保管環境が異なってきます。
なぜなら、船の構造も違いますし、船内のどこに置くかによっても揺れ方や温度が変わってくる。そして、出漁の頻度もバラバラだからです。
そういうわけで、5本の酒をみんなで飲み比べてみることに。
「あらあらしくまだフレッシュ感が残るもの」「まろやかさが特に際立っているもの」「その中間のもの」など、5本の漁船酒にはやはりそれぞれに個性が。味わいの違いをみんなで飲み比べたり、自分の好みを言い合ったりして自然と会話が盛り上がりました。これも漁船酒ならではの楽しみ方でした。
「味の違う漁船酒を市内に点在させて、市内を観光しながら飲み比べできるようにしたい」と金子さん。
なるほど、各地の漁船酒を飲み比べながらその道中も観光を楽しめるのであれば、それは魅力的な観光コンテンツだなと感じました。
漁船酒の今後 〜来年冬から本格稼働〜
今回の漁船酒は試作の意味合いもあり、本格始動は来年から。
飛良泉本舗の齋藤さんも「今回でどのように熟成されるかわかったので、来年はそれに合わせてよりグレードアップしたものを」と意気込んでおられました。
漁船酒最大の特徴は「にかほ市内でしか飲めないこと」。
来年も積み込み、積み下ろしを体験できるツアーも企画中。
今年のツアーでは釜ヶ台番楽(にかほ市の伝統芸能)を見ながら地元漁師さんがとった魚を食べ、熟成前のお酒を飲むこともでき、約80名の参加者があつまる盛況ぶりでした。
そして、来年の冬以降にはにかほ市内の飲食店や宿泊施設で飲めるようになる予定。
漁船酒を絡めた様々な体験型のコンテンツの準備も進めているそうです。
市長は「にかほ市は食と自然が魅力。鳥海山などの雄大な自然、奥の細道の舞台でもある九十九島を眺めて、松尾芭蕉に思いを馳せながら「漁船酒」を楽しんでもらえたら」と語っていました。
編集後記
にかほ市にまた行きたいと思った理由
にかほ市に来てからは、食べるもの食べるもの美味しいものばかりでした。
漁師さんが作ったしめ鯖は鮮度と昆布締めの塩梅が抜群で、お寿司屋さんで食べた「にかほの真鱈」で作ったフライはプリッとしつつもフワフワ、地球上のものとは思えないほど最高の食感でした。そこに飛良泉の山廃の日本酒がこれまたよく合う。
起床が遅くなってしまった旅館の朝、何時間も保温されていたであろう地元の白米はそれでも眼を見張るほど美味しかったです。
西を向けば広大な日本海、そして東に悠然とそびえたつ鳥海山はやはり圧巻で、時間が許せば1日中眺めていたかった。
廃校を改修したコワーキングスペース「わくばにかほ」も洗練された素敵な空間で、ワーケーションの環境もしっかり整備されていました。
魅力を挙げればキリがありませんが、最も印象的なのは迎え入れてくれたにかほ市の人たちでした。
滞在中、道の駅で昼食をとっていると後ろから声をかけられました。振り返るとそこにいたのは昨日立ち寄ったバーのマスター。昨日会ったばかりの私たちに、久しぶりに帰郷した地元の若者に話しかけるかのように、親しみをもって接してくれました。
披露会のときも、漁船酒を飲み交わすロンドの金子さんと市長の会話は、まるで親戚のおじさんと甥っ子のやりとりを見ているかのようでした。それは2人の肩書きを考えると信じられないぐらいフランクで、見ていてとても微笑ましかったです。
東京から移住してきた金子さんたちが、市内でこれだけ受け入れられているという事実が、にかほ市の人たちの人柄を物語っていました。
人、食、自然の魅力あふれる「にかほ」の地に、また漁船酒を飲みに伺いたいです。
漁船酒 madara
HP:https://www.gyosenzake-madara.com
企画・制作「一般社団法人ロンド」:https://rondo-nikaho.com
飛良泉本舗
HP:https://www.hiraizumi.co.jp
オンラインショップ:https://hiraizumi.online
酒小町制作メンバー
日本酒コミュニティ「酒小町」
「酒小町」は、20代から30代のメンバーで構成されているコミュニティです。
お酒好きをキッカケとして入ったメンバーが、職場や家庭では出会えないメンバーと出会ったり、自分の得意なことに気づけたり、自分のやってみたい!を叶える企画を立ち上げたり、凹凸を補いあいながらチャレンジできる場所として、ひとりひとりが楽しめるコミュニティになっています。
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テーマは、お酒やお酒の場が好きな人が、みんなで楽しく飲むことで、酒蔵さんにも喜んでもらえて全員winwinなハッピーになることです。
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【日本酒ジャーナリスト/編集者/料理人】 製薬会社研究職を退職し自社メディア運営で独立。現在は執筆や料理人をメインに活動中。食と日本酒と自然が好きな九州農家生まれの理系男子です。食べ歩きが高じてGoogleマップのトップレビュワー認定取得しました。酒小町では日本酒の魅力や楽しみ方を、ジャーナリスト/トップレビュワーとして培った「伝わる文章」でお届けします。趣味は音楽とキャンプ。日本酒とキャンプのブログはこちら。