先代杜氏の突然の引退から、経験ゼロの若者が寒菊の杜氏になるまで
杜氏に聞くお酒造りの物語 柳下祐亮さん(後編)
千葉県の九十九里で130年以上にわたって日本酒造りを続けられてきた老舗の酒蔵、寒菊銘醸。その寒菊銘醸の杜氏を務めるのは、若干30歳という柳下祐亮さんです。
若さも目立つことさながら、実は元航空整備士という異色のバックボーンをお持ちの柳下さん。
前編では、なぜ全くの異業界からお酒造りの道へと足を踏み入れたのかや、常に新しい挑戦をし続ける寒菊銘醸についてをご紹介しましたが、本編では、柳下さんが寒菊銘醸に入社後にどのような道のりを経て杜氏になったのかや、お酒造りへの想いをご紹介していきます。
普段はなかなかお話することのできないお酒造りのプロにお会いして、お酒造りへの想いや物語をお聞きする酒小町の本インタビュー企画。日本酒通でもなかなか知らないここだけのお話を、初心者でもわかりやすく楽しめる文章でお届けします。
杜氏に聞くお酒造りの物語 (前編)はこちら
入社した翌年に、先代の杜氏が引退宣言。後継者を選ぶことに
ーー航空整備士から転職して寒菊銘醸に入社されたということですが、当時はビール造りの部署での採用だったそうですね。その後、どのような道のりを経て杜氏になられたんですか?
柳下さん(以下、敬称略):僕が寒菊銘醸に入社したのは2月のことで、酒造りの真っ只中でした。その頃は先代の高橋杜氏を含めて4人で仕込みをしていましたが、突然その年に先代の高橋杜氏が「辞める」と言い出したんです。
ーーええっ、それはまた急ですね。そこで、次の杜氏に選ばれたのが柳下さんだったと。
柳下:社内から新しい杜氏を選ぶことになって、僕は前々から酒造りを希望していたので、「やりたいです」という感じで、手を挙げたんです。それで、「じゃあ、来年から柳下が杜氏だな」という風にとんとん拍子に決まって(笑)。
ーーそんなお話、聞いたことないです(笑)。杜氏になるためには、普通ならどのくらいの年月がかかるのものなんでしょう?
柳下:一般的には、まずは酒造りを学ぶために農業系の大学などに通うことが多いと思います。その後に酒蔵に入ったとしても、何年もかけていろいろと経験してからではないとなれないですね。ましては入社したての人間が杜氏になるなんてことは、めったにないと思います。
先代の杜氏にぴったりはりつき、お酒造りを体に叩き込んでいった日々
ーー柳下さんの場合は、異例の抜擢で杜氏になられたということですね。とはいえ、そんなに簡単にお酒造りを見ることができるものなんでしょうか?
柳下:もちろん、杜氏として一人前になるために、先代の高橋杜氏のもとで修行させてもらいました。「一年教えるから、この一年で全部覚えろ」と、言われたんです。当たり前ですけど、マニュアルなんてないんですよね、杜氏になるには。それまでの僕は、マニュアルで生きてきた人間だったので、戸惑いました。
でも、この一年で覚えるしかない。そう思って、トイレに行く時でもついていくくらいの気持ちで、ひたすらメモをして、この体に叩き込むように酒造りを覚えていきました。そうして一年間、高橋杜氏のもとにいて、覚えることは全部叩き込んだつもりだったんですが、やっぱり不安でしたね。ほんとうに来年は、この人なしで酒造りをするようになるのかなと。
ーーその後、先代の杜氏の高橋さんは本当に引退されてしまったんですか?
柳下:「来年は、いないからな」なんて言いながら、実は翌年も来てくれました。それが毎年続いたので、本当はこの人辞めないのかななんて、ちょっと思っていたんです。今思えば、そうやって僕が仕事を覚えるためにあえてプレッシャーをかけていたのかもしれないですね。
そんな風に先代の杜氏から学ぶ日々が4年間続いたんですが、「来年こそは、本当に来ないからな」と、これまでとはちょっと違う雰囲気で念押しされて。
ーーそうして、杜氏になるためのお勉強をされてから5年目で、ついにお酒造りを任されたということですね。
柳下:そうです。なので今は杜氏になって2年、今年の酒造りが始まれば3年目になります。
今年から東京市場に本格進出。そこで直接聞けたよろこびの声
ーー日頃、柳下さんご自身がお酒造りをする上で大切にしていることや、心がけていることがありましたら、教えていただけますか?
柳下:記憶をなくすくらい、毎日必死でやっていますね。
その年のお酒造りが始まると、お正月の3日間以外は職場に寝泊まりして、つきっきりでお酒を仕込みます。約5ヶ月間は寝ている時もひたすら酒造りのことを考えていて、夢にも出てくるくらい(笑)。でも、前の日の復習にもなるし、その日の予習にもなるんです。
ーー冬の間はまさしく、お酒造りに向き合う日々を過ごされているんですね。お話を聞いているととても大変なお仕事なのに、柳下さんは何だか楽しそうです!やっぱり、お酒造りは柳下さんにとって楽しいのでしょうか?
柳下:楽しいですね。米を浸す時間をどのくらいにするのかとか、考えるのが楽しい。その時間のぎりぎりまで根詰めて、考えていますね。
ーー特に喜びを感じられる瞬間は、どんな時ですか?
柳下:やっぱり、お客さんから「おいしい」という言葉をもらえた時ですね。
これまでは酒造りをしているだけで、実際に寒菊のお酒を買ってくれている酒販店や飲食店のお客さんと会う機会はなかったんです。でも、今年から東京市場が始まって、僕も大規模な試飲展示会に初めて参加しました。その時は、『True White』というお酒はすぐに売り切れてしまうほど人気で。
寒菊ブースに立ち寄るお客さんがみなさん、「寒菊さんのお酒、めちゃめちゃうまいね!」とか、「今年飲んだ中で一番感動したよ」とか、「お店で出したら、お客さんからすごく評判よかったよ!」とかって言ってくれて、その時は本当にうれしい瞬間でした。
ーー目をキラキラさせながら、お酒造りへの想いを語ってくださった柳下さん。最後には、こんなおちゃめなポーズもしてくださいました!
お酒造りには長年の経験やノウハウが重要になってくる反面で、経験年数が浅かろうが、お酒造りへの熱い想いがおいしい日本酒を造るのだということを改めて感じた瞬間でした。
柳下さん、この度は本当にありがとうございました。
杜氏に聞くお酒造りの物語 (前編)はこちら
企画協力
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