いちご、桃、ぶどう? 酸で変わる『花巴』の味わい

杜氏に聞くお酒造りの物語 橋本晃明さん (前編)

“酒蔵の最高製造責任者”とも言える、杜氏。

その役割は、酒造りの責任者という枠を大きく超えて、日本酒という文化を日本中、世界中に広めていく芸術家の一人とも言えるのかもしれません。

そんな、普段はなかなかお話することのできないお酒造りのプロにお会いして、お酒造りへの想いや物語をお聞きする酒小町のインタビュー企画。

日本酒通でもなかなか知らないここだけのお話を、初心者でもわかりやすく楽しめる文章でお届けしていきます。
今回は、千本桜で知られる自然豊かな奈良県の吉野に蔵をかまえ、『花巴(はなともえ)』を造る美吉野醸造の杜氏、橋本晃明さんにお話を伺いました。

修験道の信者が一本、一本植えた山桜。その景色によりそい生まれた『花巴』

ーーはじめまして、酒小町の金子、卯月、伊藤と申します。
『花巴』が有名な美吉野醸造さんですが、どんな酒蔵なのかを教えていただけますか?

橋本さん(以下、敬称略):私たちは、紀伊半島の中心である吉野川を臨む六田(むだ)で、1912年に酒造りを始めた酒蔵です。
千本桜で知られる奈良、吉野の豊かな自然の恵みを受けながら、手造りだからこそできる”米の旨みが伝わる酒”を醸してきました。

吉野の桜は、ほとんどが山桜です。修験道の開祖である役行者(えんのぎょうじゃ)が、日本独自の仏さまである金剛蔵王権現の姿を山桜の木に彫って祀ったという話があります。
それ以来、修験道の信者の人々が信仰の証として山桜を一本、一本植え続け、美しい春の風景が作り出されました。

ーー修験道といえば、山で修行を行う日本古来の山岳信仰のことですね。吉野の桜がその修験道の信仰の証だったとは、知らなかったです!

橋本:観光用に植えられた桜だと思っている方もいらっしゃるかもしれませんが、実はそうではないんですよ。

『花巴』の”花”は吉野の山桜を、”巴”はその広がりを表していて、名前からもわかるように、私たちは”吉野だからこそできる酒造り”を大切にしてきました

”酸を解放する”という、吉野だからこその他には真似できない日本酒造り

ーー橋本さんがおっしゃる”吉野だからこそできる酒造り”とは、何でしょう?

橋本:吉野は山深い地域で、昔から保存文化が根づいてきた場所でした。味噌、醤油のように発酵食品が昔から多く造られ、漬物のように塩漬けをしないと食品が腐ってしまうほど、自然と発酵が進む多湿な山林地帯です。

私たちの蔵も創業当時から、上質な酸が出る蔵でした。ですので、現在の技術では発酵による酸を抑える技術もありますが、私たちは土地柄を活かした酒造りをするために、あえて酸が出るのを抑えるということはしません。

それを私は、“酸を解放する酒造り”と呼んでいます。

ーー“酸を解放する酒造り”? なんだか、おもしろい表現ですね。

橋本:ものが腐る時や発酵する時は、必ず酸が出ますよね。酸はすっぱいイメージがあるために、米と水を発酵させるために使う酵母菌を選んだり、米を磨いたり、温度管理をしたりと、なるべく酸を抑える酒の造り方が一般的になってきています。

でも、私たちはせっかく自然に発酵が進んで酸が出る吉野で酒を造るんだから、酸を隠さずにあえて出してしまおうじゃないか、と。

なので、私たちの蔵では酵母菌は使いませんし、温度管理もしません。これが、私の考える”酸を解放する酒造り”です。

酸を旨みや甘みと組み合わせることによって、日本酒のおいしさはもっと広がる

ーー日本酒は酵母菌の違いによって味わいが決まる、と聞いたことがありますが、美吉野醸造さんはそうではないんですね。

橋本:はい、酸は決して悪者ではありません。

酸を旨みや渋み、甘みと組み合わせることによって、また新たな表情のお酒を造りだせるんですよ。なので私たちは、酸の生成方法が異なる「山廃」、「水酛」、「速醸」それぞれの三つの製法で醸す酒を造っています。

この三種類すべてを味わってもらえれば、それぞれ酸の味わいが異なるので、酸のおもしろさや広がりといったものを感じていただけると思います。

ーー酸が変わると、たとえばどんな風に味わいが変化するんですか?

橋本:私たちが造るお酒は、酸の質感とラベルのイメージをリンクさせています。
たとえば、「水酛」造りのお酒の場合は、白と赤。これは、ヨーグルトといちごをイメージしたラベルです。

ーーそうだったんですか、それは知らなかったです!かわいいですね。ピンク色のラベルのお酒も、何か味わいとリンクしているんですか?

橋本:「速醸」造りの純米酒ですね。こっちは、をイメージしたラベルになっています。

酸は酸でも、酸っぱいだけではなくて、やわらかい甘みのある酸なので。このラベルが、酸のおもしろみを知るきっかけにもなればと思っています。

ーーこっちもかわいいです!味わいのイメージとラベルがリンクしていると、選びやすいですね。
日本酒にこんな楽しみ方があったとは、びっくりです。橋本さん、ありがとうございました。

酵母菌の違いではなく、酸の違いで味わいの幅を広げるという新しい日本酒の楽しみ方を教えてくれた、橋本さん。
次回の杜氏に聞くお酒造りの物語 (後編)では、橋本さんの奈良、吉野という自然豊かな土地への想いや、『花巴』の楽しみ方などをご紹介します。どうぞ、お楽しみに!

杜氏に聞くお酒造りの物語 (後編)はこちら

企画協力

美吉野醸造

住所:奈良県吉野郡吉野町六田1238番地1
電話番号:0479-86-3050
営業時間 : 9:00~17:00
Web:http://www.hanatomoe.com/

企画・執筆

取材:伊藤美咲、卯月りん、金子摩耶
執筆:金子摩耶
場所提供:ワインワークス南青山
撮影:中嶋桃子
企画:卯月りん(TwitterInstagram

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